大阪高等裁判所 昭和24年(を)2733号 判決 1949年11月07日
被告人
喜多逸郞
主文
本件控訴は之を棄却する。
理由
前略
更に記録中に、弁護人主張の被害者田中保太郞の上申書が編綴されあること所論の通りである然しながら該上申書の記載するところによれば原審第一回の公判(審理はこの一回で終了)のありたる昭和二十四年六月十日右公判を傍聽したる被害者田中保太郞が原審弁護人の弁論をきいて後右書面をしたため同日付上申書を作成提出したものであることは明かである。もつとも右書面は堺檢察廳あてとなつているので被害者が先づ堺檢察廳に提出し右檢察廳から更らに原審に差出されたものか或は被害者が直接に原審に差出したものかその経路は不明であるが仮りに前者の経路によつたものとしても弁護人主張の如く刑事訴訟法第二百九十六條に違背するものとは認められない即ち新刑事訴訟法が右法條や同法第二百五十六條末項のやうな規定を設けているのは裁判官に事件についての偏見又は予断を生ぜしめる虞なからしめるためであるところ本件上申書は前記説明で明かなやうに本件の審理が完結した後に裁判所に提出せられたものであつて、原審裁判官は既に適法に証拠調をした資料に基いて(その資料は原判決に証拠として掲げられている)事実の認定、刑の量定の心証を得てしまつているものと認めなければならない。從つて原審裁判官が判決をするについて本件上申書を斟酌したといふやうな特別の事情が証明されない限り判決に影響を及ぼすべき訴訟手続の違背があるとは論ぜられない。
第二点について
弁護人所論の如く、起訴状謄本に誤記の存すること弁護人提出の右謄本によつて明かである然しながら記録を精査すれば本件控訴の提起は被告人に対してなされ右起訴状謄本は被告人に送達されたことは被告人が右謄本を受取つた旨の請書を提出してゐることによつて明かである右誤記に拘らず被告人は異議なく右謄本の送達を受け弁護人を選任し原審判決をうくる至つたのであつて、右誤記は被告人の権利保護に何等の支障もなかつたことを認めるに充分であるから右の如き訴訟手続の違法では判決に影響を及ぼすとは言へない。
第三点について
原審公判調書中に弁護人所論のやうに本件の原審の弁護に何等関係のない弁護人中村健太郞不出頭の記載の存すること該調書により明かである。然しながら右は同期日に原審弁護人中村源次郞が出頭しなかつたため、その不出頭を記載するに当り弁護人の氏名を誤記したものであると認めるのが相当である而して右調書は判決宣告期日に於ける公判調書であつて右公判期日に於ける弁護人の出頭は公判開廷の要件でないことから考へてもかゝる誤記は被告人の防禦に不利益をきたすこともなく又判決にも何等の影響を及ぼすものでもない。